悠海ゆう
「・・・ああ、凪の海みたいね・・・」
丈の短い草の上に伸びをして、さっきからずっと空を見上げていたアンジェリークがこちらを向いた。
「空の深くて青いところに薄雲がかかってるのがね、ちょうど海がひっくり返ったのと似てるかもしれないなあ、なんて」
「それで？君の宇宙は健やかそうか？」
「オスカー様の宇宙ですよ」
・・・くす
空の青が一番濃いところのさらに奥深く、どのくらい離れてるのか離れてないのかもわからないが、自分達の宇宙が息づいている。まだ何も心配な気配はない。異空間のこの地までもサクリアの流れは共有できるようだ。
「ここでは時間をコントロールできないけど、それが逆に良かったですね。宇宙と同じ時間で暮らしてるから、サクリアが必要になるまではまだ間があるはずですよ。」
「そうだな。俺達も十分に力を発揮できないことだし」
『時間がコントロールできていれば、あのお嬢ちゃんの育成にはっぱをかけるためにいろいろ苦労しなくてもすんだんだがな』・・・とは今は言わないでおく。アンジェリークがせっかくリラックスしてるのだ。ここで余計なことを言うよりも、とオスカーは体を起こした。
すぐ横に翠の草を覆うように広がっている金糸の髪、草の色と同じ翠の瞳。たっぷりとひだを取ってウエストできゅっと締まった白いブラウスの脇に片手をついて、上から彼女の瞳を覗き込む。柔らかい桜色の頬が少しだけ染まる。
「オスカー様、瞳が空のいろ・・・」
君こそ、俺の求める色でいっぱいだ。
その草原の中ほどには大きな木が１本生えており、他に視界を遮るものがない。聖地にいるときアンジェリークはロザリアから隠れてこんな木の下でよくうたた寝をしたものだった。今木の下には二人が乗ってきた馬が静かにたたずんでおり、二人は木から少し離れた草の上で柔らかい陽の光を惜しむように浴びていた。この大陸に飛ばされて来てからしばらく経つが、二人だけでこんなにゆっくりしたのは初めてだった。
『まだ女王候補だった頃にもおんなじようなことがあったな〜』
オスカーがアンジェリークを初めて（強引に）遠乗りに誘った日。飛空都市の草原でただのんびりと過ごしたとき。あれからアンジェリークの中のオスカーが印象を変え始めたのだと思う。
『もし、もっと早くオスカー様のことを知っていたら、今ごろ私達は違う関係だったのかな・・・？でも後悔はしない。どんな道を歩んでも私達はいつか必ずこうして草の上にいたはずだもの』
薄く目を開けてみる。氷青色の瞳がやはり薄くこちらを見ている。その色は今は光を反射した柔らかな空の色。アンジェリークしか知らない色。
「オスカー様・・・聖地へ戻ったら・・・」・・・湖の見える草原に行きましょう・・・あったかい日差しの日に・・・二人で・・・
「お嬢ちゃん？」
「・・・・・・」
「アンジェリーク、寝てしまったのか？」
陽光が天蓋のように二人を包んで降り注ぐ。
ならば俺は草原のベッドになろう。陽も風も遮らず、まるでそこにないように、でもしっかりと君を包み込んで柔らかく抱きしめて守ろう。
『ゆっくりお休み。また明日から気を張り詰めて過ごす君にささやかなプレゼントだ。』
遠い遠い小さな大陸から、女王陛下の夢は幸福なサクリアとなって宇宙に広がっていった。