この日、空より舞い降りて 2

from 　双葉　様
（FREE　FRONTIER）

　広場に出た時だった。
　視界の端に白いものが落ちてきたのを捉え、アンジェリークは夜空を仰いだ。
「うわぁ…！！」
　歓声を上げる。
「見て見てオスカー、雪ーっ！」
　アンジェリークがふわりふわりと舞う雪を嬉しそうに両手で受け止めた。にっこりと無邪気に微笑んで雪を追いかける。
　きらきらと瞳を輝かせ、踊るように雪と戯れるアンジェリークをオスカーは眩しそうに見ていた。
「綺麗だな―――」
「ええ、とっても！」
　息を弾ませてにこにこと同意するアンジェリークに、唇の端を持ち上げオスカーは言葉を続けた。
「君が」
「……！！」
　途端に真っ赤になったアンジェリークにオスカーがくっと喉を鳴らす。
「からかったの！？」
「本当のことだ」
　オスカーはぽかぽかと殴りかかってくるアンジェリークの手を取り、額をつき合わせた。間近で瞳を合わせる。
「綺麗だ。とても綺麗だよ、アンジェリーク」
　アンジェリークは恥ずかしそうに俯いた。が、すぐに意を決めて顔を上げる。小さな声で「ありがとう」と云って微笑んだ。
　花が咲くようなその笑顔にオスカーは少し意表つかれたような顔をしたが、満足そうに笑って額を離した。
「―――今日は、楽しかった？」
「ええ、とっても！」
　雪も見れたし！とアンジェリークが幸せそうに答える。
「そうか」
　オスカーが、アンジェリークから数歩離れた。肺から息を吐き出し、表情を引き締める。
「アンジェリーク―――最近悩んでいただろう？何かあったのか？」
　びくっとアンジェリークの顔が強張った。
「何で――…」
　わかるの？その言葉をかろうじて飲み込んで、オスカーから視線を逸らす。
　躊躇いがちに口を開いて、結局首を振った。
「…何もっ……」
　アンジェリークはぎゅっと両手を握り締め、俯く。
　オスカーの眼光が鋭さが帯びた。それを瞬きで和らげ、オスカーはちらつく雪に目をやる。溜め息のようなものを一つ吐いて、アンジェリークの頭に手を置いた。
「ここは主星…君の生まれた土地。聖地を離れた今の君は普通の女の子。ここには、君を縛るものは何一つありはしない―――それでも云えないことなのか？」
「………っ」
　アンジェリークが勢いよくオスカーを見る。
　オスカーの優しさが、オスカーの想いが、心に直接響く。
　泣きたくなった。
　そんなことはない。云えないことなんてない。
　けれど言葉が出てこない。


　オスカーは黙り込んだアンジェリークを静かに見据えた。
「…本当は違う」
「え…？」
「主星に来た理由。息抜きもあったが…感謝したかったんだ」
　何のことかと首を傾げるアンジェリークに、微笑んだオスカーが大切そうに言葉を紡いだ。
「アンジェリーク、誕生日おめでとう」
　アンジェリークが息を呑んだ。震える声で呆然と呟く。
「……知ってたの…？」
「女王試験中に訊いたからな」
　何でもない事のようにオスカーは云うが、その会話は女王試験が始まったばかりの頃にしたはずだ。アンジェリークは子供扱いされていて、まだまだオスカーの恋愛対象になっていなかった頃だったと思う。
「どうして覚えてるの……」
　驚きと嬉しさでアンジェリークの瞳から涙が零れる。その滴をオスカーは指で拭った。
「君が俺に話してくれたことは、全て覚えているつもりだぜ？」
　そっとオスカーがアンジェリークを抱き締める。
「俺は、君が泣きたい時に泣ける場所でありたい。君の笑顔を取り戻せる存在でありたい。嬉しい時悲しい時辛い時、全ての時を君と共有したい。君を守り愛する事が出来るのは俺だけだと自惚れたい」
　オスカーはそこで言葉を区切った。
　愛しそうにアンジェリーク金糸のような髪を撫でる。
「だから…俺の前で無理をするな。俺に何でも云って欲しい」
　懇願するように囁く。抱き締めるオスカーの腕に力がこもった。


　オスカーに身体を預けたアンジェリークが、ぽつりと口を開いた。
「誕生日のことで悩んでたの。こんな自分勝手なことで悩んでるなんて云えなかった」
　自分の誕生日を祝って欲しい、これは我が侭だから。
「でも、聖地では誕生日なんて意味ないのかなとか思って…。実際に年を取らないから、守護聖になってからは誕生日なんて気にしたこともないって、みんな云ってたし…」
「確かに、そうだな」
　オスカーの答えに、アンジェリークがやっぱりという顔になる。
「―――だが俺は考え方を変えた」
　少しアンジェリークから身体を離し、オスカーは軽く瞳を閉じた。
「アンジェリーク」
　名前を呼ぶだけでこんなにも胸の奥が熱くなる。
　オスカーは瞳を開き、想いの全てをぶつけるようにアンジェリークを見つめた。
「俺は君の誕生日を祝いたい。君が生まれたこの星で。感謝しているよ、君が生まれたこの日に。君を育んだ両親、君に関わってきた人々、君が歩んできた道、全てに―――言葉に出来ないほど感謝している」
　アンジェリークの手を取り、オスカーは自分の胸に押し抱いた。
「生まれてきてくれてありがとう…アンジェリーク」
　甘く微笑んで、その手に口付ける。
　神聖な儀式みたいだった。


「オスカー…っ」
　アンジェリークが堅くオスカーにしがみつく。
「オスカー、オスカー、オスカー」
　どうしたらこの気持ちを表せるのかわからなくて、アンジェリークは必死で口を開いた。
「ありがとう…っ、ありがとう、すごく、すごく嬉しいっ……」
　溢れ出る涙が止まらない。
「…泣き虫だな」
　ちらりと笑ってオスカーは隙間なくアンジェリークを抱き締た。柔らかな金の髪に顔を埋める。
「愛してるよ」
　囁かれた言葉は、じんわりとアンジェリークの身体に暖かく染み渡った。



†　　†　　†



　音もなく雪は降っていた。聖地では見ることのない雪。薄く積もって世界を白く変えていく。
「寒くないか？」
「平気」
　アンジェリークは答えた。
　吐く息が白い。でも寒くはなかった。傍にオスカーがいるから。


「ねえ、オスカー気づいてた？」
　不意にアンジェリークが楽しそうに囁いた。
「何をだ？」
「今日下界では十二月二十一日なの。オスカーの誕生日！」
　まさか、とオスカーが呟く。
「本当よ。すごい偶然でしょ？」
　それから真似になるけど、と断ってアンジェリークはオスカーの手をそっと握り締めた。

「主星が、この日を祝福して雪を降らせてる。雪は喜びの踊りをおどり、冷たい冬の空気が優しく貴方を包む。風が愛を囁いて、木々が愛の歌を奏でる。私は貴方を見つめて、この幸福に酔うの。オスカー愛してる。オスカー、私の…」
　アンジェリークは最後まで云うことが出来なかった。オスカーに強く引き寄せらせ、その胸に顔を埋める形になる。
「アンジェリーク、アンジェリーク、俺の天使。君を愛している…」
　オスカーが囁き、胸の中にすっぽりと収まったアンジェリークの唇を激しく貪った。息継ぎの合間に「愛している」と何度も呟く。
　アンジェリークはあまりの幸せに眩暈を覚えていた。


　長い長いキスの後。
　うっとりと瞳を閉じていたアンジェリークがびくりと身体を震わせた。
　オスカーが腕の中のアンジェリークを覗き込む。
「どうした？」
「忘れてたけど…もう帰らないと…」
「帰りたいか？」
「まだ…こうしていたい」
　アンジェリークは目を伏せた。ちらりとオスカーを見上げる。
　オスカーもアンジェリークを見た。
「「でも帰る」」
　重なった言葉に二人は顔を見合わせ、くすりと笑う。
　またも同時に差し出した手を取り合って、二人は歩き出した。


「聖地では何日経ったと思う？」
「さあな。だが、帰ったら仕事が溜まっているだろうな。なかなか会えないかもな」
「平気。離れていても大丈夫。ねっ？」
「ああ、もちろん」

「遅いってロザリアに怒られるかしら？」
「だったら俺はジュリアス様に怒られるな。――でも平気だろう？」
「どうして？」
「幸せだからな」

「雪、やまないね」
「俺を祝福してくれているんだろう？やまなくていいじゃないか」


　寄り添い在るべき場所へと帰る恋人達に、雪が優しく舞い降りる。
　残りわずかな恋人の時間を守るように、そっと包み隠すように、二人の上に降りそそいだ。



ＦＩＮ

　「FREE　FRONTIER」様のキリ番（2000番のニアピン賞）を踏んでいただきました。
　丁度時期が良いので、お誕生日に絡めて「アンジェの誕生日に何かしたいオスカー様・・・・なんだかんだいって最後はオスカー様のお誕生日」という、よくわけのわからないリクエストをしてしまったのですが、双葉さんはしっかりリクをクリアしてくださいました！その上、告白合戦をしてくれるなんて！もうこれ以上ないほどラブラブで、ちゃっかり仕事も気にしてるような二人が悠海的にとってもツボです。
　双葉さん、どうもありがとうございましたm(__)m。

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